東京地方裁判所 昭和33年(ワ)10316号 判決 1962年7月30日
原告 俣賀紀六
被告 国
訴訟代理人 河津圭一 外一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、主たる請求について
本件土地が富田浜子の所有であつたこと、同人が昭和二二年三月被告国に対し、財産税納付に代えて本件土地を含む五六坪の宅地を納付し、その旨所有権移転登記を経由し、本件土地が被告国の所有となつたことは、当事者間に争いない。
原告は、昭和二三年二月一日平野清から本件土地を買受け当時同人は東京財務局藤沢出張所に勤務し、本件土地売払の権限を有していたと主張する。平野清が当時同出張所に勤務していた公務員であることは、当事者間に争いないが、本件に表れた全証拠によつても、同人が被告国の機関として本件土地売払の権限を有する地位にあつたこと、または権限ある機関から売払の委任を受けていたことを認めるに足る証拠はない。却つて、成立に争いない乙第七号証の一ないし一〇の記載に証人小西淳治の証言を総合すれば、当時大蔵大臣から本件土地売払の権限を委任された機関は、東京財務局藤沢出張所長であり、その権限は、下部機関に委任されたことなく、平野清は、同出張所の監守の職にあり、物納財産売払に関する帖簿の記帳、起案等の補助的事務を担当していたに過ぎず、売却の権限を有していなかつたことが認められる。してみれば、原告主張のとおり原告が平野から本件土地を買受けたとしても、売買契約の効果が被告国に及ぶ理由はないしたがつて、原告主張のように被告国は、原告に対し本件土地所有権移転登記義務を負わないから、これが履行不能ということはありえない。原告の主たる請求は、この点において既に失当である。
二、予備的請求について
原告本人尋問の結果とこれにより真正の成立を認める甲第二及び第三号証の記載を総合すれば、原告は、昭和三年頃富田浜子から本件土地を賃料一ケ月金一三円一七銭の約で、期間の定めなく賃借し、右賃借権は、物納当時まで存続していたことが認められる。そして、被告国が昭和二三年一〇月一六日随意契約により本件土地を金沢フデに売払い、同年一二月一五日所有権移転登記を経由したことは、当事者間に争いない。
賃貸借の目的たる土地が財産税の納付に代えて国有に帰した場合は、国は、通常、これを賃借人に売払うことが望ましいことは、被告の自認するところであり、いやしくも国の行政措置としては、随意契約によつて物納不動産を売払う場合は、従来の賃借人に売払うべき高度の注意義務が要請されるものと解する。けだし、国として保有しておく必要のない土地であるならば、賃借人以外の者に売払い、売払いを受けた者と賃借人間との間に紛争を生ぜしめるような状態を惹起させることは、いかなる観点からも是認されるものではない。金沢フデが本件土地について賃借権その他の権利を有していたことの認められない本件においては、被告国がこれを同人に売払い、原告に売払わなかつたことは、著しく不当な措置である。
原告が本件土地について、金沢フデと原告主張のような訴訟を経て、原告敗訴の判決が確定したことは、当事者間に争いなく、原告がその結果本件土地について賃借権の内容に従う使用収益をなしえなくなつたことは、弁論の全趣旨により明らかである。この事実によれば、社会通念上原告の本件土地に関する賃借権は、消滅に帰したと同視することができる。しかし、この賃借権消滅と被告の金沢フデに対する本件土地売払が相当因果関係にあるとするためには、原告が売払以前右賃借権をもつて被告国に対抗できる場合でなければならない。原告がこの賃借権をもつて被告国に対抗できないならば原告の賃借権消滅の原因は、被告の売払行為とは別個に存するものとしなければならない。賃貸人として土地を使用収益させる義務を負わない土地所有者が、土地を第三者に売却したことによつて、賃借権を侵害したものとして、その損害の賠償をする義務を負うことは、これまた公平に反する。原告は、本件土地が物納によつて国有に帰したとき、被告国は、賃貸人の地位を承継し、原告と被告国との間に賃貸借が成立したと主張する。
原告主張のとおり、後日賃借人が土地の売払を受けた際は、国が国有であつた期間の賃料または賃料相当の弁償金を徴収していることは、当裁判所に顕著な事実である。しかし、右は土地の売払を受けた者との関係における一般の取扱であつて、本件とは事例を異にするから、このことによつて当然には、本件土地について原告と被告国間の賃貸借の成立を推認することは、困難である。その他原告主張のように原告と被告国間に本件土地の賃貸借が成立したことを認めるに足る証拠はない。また右賃借権が物納後法律上被告国に対抗できる賃借権であることについては主張立証がないから、右賃借権は、被告国に対抗できないものであつたと認めざるを得ない。してみれば、被告国がこれを金沢フデに売渡したため賃借権の消滅を来したものでなく、賃貸借は依然として観念上は賃貸人富田浜子との間に存続しているが同人の物納により国に対抗しえないものとなり、空に帰したものといわざるを得ない。以上により被告国の売払と原告主張の損害との間には、相当因果関係を欠くから、予備的請求も失当である。
三、よつて、原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について、民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岩村弘雄)